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  • 執筆者の写真智史 廣瀬

姫路の刀スポット。三条宗近編

姫路に、三条宗近(国宝、三日月宗近の作者)に関係するとされる場所があります。

姫路駅から南へ10分程歩いたところにある、「刃の宮地蔵」です。


なんでこんなところに宗近が!?と思う方もありましょう。一応石碑にはこう書かれております。

【刃の宮地蔵尊史】

平安末期の頃(一条天皇)、京三條の刀匠・小鍛治宗近が豊前(福岡県)の宇佐八幡宮に神釼(神剣)を奉納する為に下向の途中、この地(芝原村)にて病(歯痛)に臥した。ある夜、夢に老翁が現れて「御神体は先年 当国(播磨国)の松原八幡宮に移りし故、豊前まで下向するに及ばず、この地にて釼を鍛えて八幡宮に奉納せよ」と言った。

宗近は相槌(鍛冶の助手)がいないため神託に従うかどうか迷っていると、都より稲荷神使の鉄匠・孫太郎狐が来て相槌を打つことになり、共に一口の神釼を鍛えて松原八幡宮に奉納し、後にこの地で没した。里人らは その跡に一宇の小堂を建て、宗近の帰依した石体の地蔵尊を安置して冥福を祈り、世にこれを「刃の宮」または「歯の地蔵」とあがめ祀って今日に至っている。

一応隣には孫太郎狐が祭られています。


川口陟氏は著書「日本刀全史」の中で、三条宗近を藤原兼家(藤原道長の父)に臣事していたの橘仲宗(後に宗近と改名)という説を展開しています。


彼の父の官位が従四位下播磨守でしたし、仲宗が罪を得て薩摩国に流罪にされた歴があるという話から、なんとなく因縁があったものとも考えられます(ただし、仲宗は許されて帰京していますので、ここが終焉の地とはなりません)。


さてさて宗近といえば「三日月宗近」。「京のかたな」展に夜間特別拝観で伺って、じっくり眺めたことはありますが、手に持ったことはありません。が、三日月は高台院(豊臣秀吉の妻、ねねさん)の持ち物でした。

そして、豊臣秀吉も「三条」を持っており(お揃いにしたのでしょうか?)、こちらは某所で持たせていただいたことがあります。


三日月宗近より頑健な体配をしていて、秀吉が佩刀としてこちらを選んだのも分かる気がします。

いわゆる三日月型の「打ちのけ」が随所に観られ、心無い人が言う、「三日月宗近の"打ちのけ"はね、単なる研ぎ減りだよ!」というのが完全な誤りであり、「この"打ちのけ"が、後の京物の二重刃につながっていくんだよ」と教えていただいた時には、目が開かれる思いでした。


残念ながら、姫路お刀同好会に宗近が出ることはありませんが、会に寄られる前に、ちょっと詣でてみては如何でしょう?

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